積徳概念の経済制度への導入
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積徳概念の経済制度への導入

 貨幣が必要な理由は、労働の価値を保存するためだと考えられます。働いたという記録を残すことにより、他者から同等の働きを得る権利があることを主張するためです。
 貨幣の存在理由が労働の記録だとすると、貨幣は本来必要無いことになります。働いたという事実(他者に奉仕したという事実)は自分自身に記録されているからです。

 最近オーラという言葉が一般的になっています。これは人が放射する光(生命力、徳光)のことです。一般の人々の霊的能力が平均して高くなってきたため、オーラを認識できる人が増えてきたのです。
 従来の科学では目で見える物を研究対象にしました。ですから、オーラは研究対象外だったのです。しかし一般の人々がオーラを当たり前のこととして認識するようになると、科学者もこれを研究対象にせざるを得なくなります。

 労働は人に奉仕することです(人を生かすことです)。人を生かすことは自分自身の生きる力を増すことにつながります。その結果徳光が蓄積され、オーラが強くなるのです。
 このように、労働結果は徳光の蓄積(オーラの強化、霊性の向上)という形で保存されるのです。ですから、貨幣は必要無いのです。

 貨幣はオーラ等を認識する能力(霊性)が欠落していた時代に必要な労働結果記録方法ということになります。人類の進化により霊的能力が向上し、労働の結果を徳光により理解できるようになると、貨幣は必要無くなります。
 人の知らない所で社会奉仕をして社会の発展の貢献しても、貨幣を受領できません。現在の経済制度では貨幣を受領していない人は働いていない人という位置付けになります。貨幣制度は融通の利かない制度なのです。
 しかし、これらの人々の霊性は向上しています(徳光が増えています)。この徳光が理解できる社会ならば、これらの人々は立派に働いているという位置付けになります。このように、貨幣による経済制度よりも徳光による経済制度の方が正確で高度なのです。

 徳光は生命力そのものです。徳が増すと、肉体が強化されるのです。逆に徳光を失うと肉体が弱くなるため、体調を崩す可能性が高くなります。
 また、徳光が増えると能力が高くなります。その結果、仕事量が増え、質が高くなります。仕事をすると徳が増えます。徳が増えると更に仕事をこなす能力が高くなるのです。
 このように、仕事をすることは、更に仕事をこなす能力が高くなるという形で報われるのです。これが本来の経済・社会のあり方なのです。
 (神様というのは、仕事をこなす能力の高い方々です。そうでなければ、祈っても報われることは無いことになります)

 貨幣を受領すると、徳光はその分失われます。貨幣を長期間保有することは、オプションを長期間保有することです。その結果、莫大な徳光を失うことになります。
 積徳量がマイナスになると、体調を崩しやすくなります。また、仕事をこなす能力が低下します。
 しかし、現在の社会では貨幣が無いと生活できません。貨幣制度は極めて不便な制度なのです。

 人には能力差があるため、仕事量には差があります。貨幣残高を0にする制度を導入すると、仕事量の多い人は貨幣を使いきれないことになり、これを生産能力の無い人に提供することになるはずです。(所得の再分配)
 貨幣制度では、仕事量の多い人々は報われることが無いことになります。しかし、積徳概念を経済に導入すれば、この問題は解決可能です。仕事量の多い人は徳光が増すことにより向上、発展できるのです。それが仕事に対する報酬ということになります。

 金融・経済の新制度を導入し、所得の再分配が当然のこととして行われるようになると、積徳が円滑に行われるため、人類全体の向上速度が速くなります。霊性の向上が早くなるのです。その結果、人類全体の能力が高くなります(霊性も高くなります)。
 人類全体の霊性が高くなると、徳光(霊性、オーラ等)を認識する能力を一般の人々も保有するようになります。すると、貨幣がなくても価値の保存が行われていることを理解できるようになります。その結果、貨幣制度は廃止になります。

 金融・経済の新制度の導入は、更に高度な経済制度につながるのです。

(2008.11.1 午後4時 記載)
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