| 第八章 意識の向上 | ||
| 一神教と多神教 | ||
| 世界には多くの宗教があります。大別すると一神教と多神教です。どちらが正しいのでしょうか。 如来界は不思議な世界です。この世界は一即多が実現しています。個であり全体なのです。この世界の意識は個体としての自主性があるのですが、同時に全体でもあるのです。全体というのは複数の意識の集合体です。ですから如来界レベルになると、自らの意識を多数に分割して働かせることが可能になります。 要するに、全ての人の意識は如来レベルの意識から発生しているわけです。ですから、全ての人は本来一体なのです。 結局、一神教と多神教というのは、見方の違いにすぎないのです。全体意識をみれば一神教の方が正しいようですが、如来レベルでは多数の意識が出現しているのです。如来も全体意識から放射されているのです。ですから、如来を信じても、全体意識を信じても、どちらでも構わないのです。両方正しいのです。 意識を上方に向けるというのは、この全体意識に回帰する方向です。全体と一体化する意識の方向です。全体と一体化するためには、自己中心的な意識が残っていてはだめなのです。自分さえよければいいという発想で、意識の一体化が実現できるはずはありません。 現代人は自らの発生源を完全に忘れ去っています。ですから多くの人が自分勝手に生きているのです。もちろん個性は尊重されなければなりません。しかし、自分さえよければ他人がどうなっても構わない、という発想は本来存在しないのです。誤りです。 霊位の向上は、本来の自分を取り戻すための努力です。意識の発生源へ戻ることなのです。発生源に近づくにつれ、本来の能力を取り戻すことができます。霊位の高い人物や神霊の能力は、本来全ての人々が持っていたのです。想念行為の低下により霊位が下降したため、この能力を失ってしまったのです。 霊位向上の努力が全ての人に必要となる理由はここにあります。高次元は我々人類にとって共通のふるさとです。ここへ回帰することにより、足元の安定した社会を構築することができるのです。現代社会の不安定さは、人類が自分自身を見失ったことが原因なのです。自分を取り戻すことが、社会の安定、発展につながるのです。 |
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