釈迦を超えた日 〜科学宗教の到来
輝の会は不良債権問題等、日本及び世界の金融経済問題を解決しました。
第一章 積徳のすすめ
  生命力の法則
 徳を積むことの重要性は以前から認識されていたのではないでしょうか。人格を磨くためには欠かせない行為だからです。しかし積徳に励む人は少数派です。ほとんどいないのかもしれません。何故積徳が継続的に行なわれないのでしょうか。
 徳は貯金のように考えられているのではないでしょうか。


 「積徳しても使えばなくなってしまう。だったら後で使うか今使うかの違いにすぎないから、今使ったって構わない。大差ない」


 という考え方です。この発想では、徳を積む行為は決して重要視されることはありません。しかし、この考え方は間違いのようです。


 現代社会は諸々の技術により支えられています。特に中心になっているのは家電製品かもしれません。電気を使わない生活など、もはや想像できないくらいです。しかし、これらの製品・技術は偶然開発されたわけではありません。前提となる知識・法則が発見された結果、その応用として製品の開発が行なわれたのです。中心になったのは物理学の法則等です。ですから基本的な法則の発見は、我々の生活を根底から変える可能性を秘めているわけです。
  物理の法則は全て数式から成り立っていますが、これは大切なことを我々に伝えています。この世界は全て、ある一定の法則下で成立しているということです。人工衛星が日常生活に欠かせない現代では、この事実を疑う人はいないでしょう。
  しかし、物理学の成立はそれほど昔の話ではありません。大成者のニュートンは17世紀の人物です。それ以前は、自然の動きを数式で表すことなど考えられていなかったのです。従来は考えられていなかったことが法則として発見され、それが実生活に応用された結果、現代のような便利な社会が構築されたのです。このように新たな法則の発見は、社会を豊かにするのです。


  「生命力に法則がある」


 というのは、言いすぎでしょうか。しかし、事実のようです。人の存在は生命力そのものです。生命力の大きい人は大きく活動することができ、小さい人はあまり活躍することができません。
 このような差は明らかに存在します。子供の頃から成績優秀でスポーツ万能、エリートコースを突っ走る人もいれば、苦労に苦労を重ね、貧しい生活を続ける人もいるのです。能力差だといってしまえばそれまでですが、なぜ能力に差があるのでしょうか。そこが重要です。その差こそが、生命力の差なのです。
  日々供給される生命力には差があります。生命力の供給量には一定の法則があるのです。それは


  「生命力の供給量は積徳量に比例する」


 という法則です。積徳量とは生命力の大きさです。日頃から社会のために貢献している人は、積徳量が多くなります。徳の多い人ほど、社会に貢献する人といえます。こういう人の活動量が増えると、社会が大きく発展します。ですから、生命力の供給量が増えるのです。


  社会全体を見渡してみると、立派な人、人格者ほど能力が高いことに気がつきます。この高い能力は、生命力の大きさを意味していたのです。
 人格者だから積徳量が増える、積徳量が多いから生命力が多く与えられる、生命力が多く与えられるから高い能力を発揮することができる、という関係になっていたわけです。


 もし徳がゼロ金利下の貯金のように増えることのないものであり、引き出して消費すれば終わりだとすれば、数十年に渡って活躍を続ける人々がいる事実を説明できません。高い地位の人は高い能力を要求されるため、生命力の消費量も普通の人より多いのです。ですからどんなに積徳量の多い人でも、それだけで高い地位を長期間維持することはできないのです。生命力の供給量が多いからこそ、高い地位を維持できるのです。


  積徳量は人により様々です。多い人もいれば、少ない人もいるのです。中にはマイナスの人もいます。ですから日々の供給量が積徳量の単純な比例だとすれば、日々生命力が奪われる人がいることになり、不都合です。実際には最低の供給量が決められているようです。徳の少ない人でも、一定量の生命力は与えられるのです。この生命力を生かせば、生活を送ることができるわけです。


 この法則はインスピレーションで浮かんできました。我々人類は天界の指導下にあります。ですから生命力も天の計算により与えられているのです。国内総生産(GDP)も、この数式で概ね把握できてしまいます。生命力の供給量を金額換算することにより、どの程度の経済規模を営むことができるか、概ね計算できるのです。
 最近日本は不景気だといわれていますが、その原因は生命力の低下にあるのです。積徳量が減少したためです。最近の日本人は、以前に比べ「努力」「まじめ」ということを軽視する傾向にあるのではないでしょうか。バブル期の愚かさも影響したのでしょう。積徳量が減少すれば、日々供給される生命力が減少します。結果として経済規模が縮小するのは当然なのです。
  ですから、景気回復に必要なのは経済理論ではありません。「精神の回復」です。日本人が精神を取り戻すことにより、景気は自然に回復するのです。逆に精神の喪失を続ける限り、景気が本格的に回復することはありません。積徳量が減少すれば、経済規模は縮小するのです。我々はこの法則を十分認識しなければなりません。
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