釈迦を超えた日 〜科学宗教の到来
輝の会は不良債権問題等、日本及び世界の金融経済問題を解決しました。
第一章 積徳のすすめ
  積徳の重要性
精神・宗教的なことに関心を持ち始めてから、かれこれ16年が経過しようとしています。その結果、精神的なことに関する理解がかなり進みました。そろそろまとめて発表する時期だと思い、本書を記すことにしたのです。


 一般的に、宗教は死後の生活のために存在すると思われているようですが、誤りです。
  宗教は精神の向上、人間性の向上を説きますが、これは現在の我々の生活に直接影響を及ぼしています。人間性が向上すれば社会全体は安定し、逆に人間性が下落すれば社会は不安定になるのです。
 最近の日本は昭和時代の勢いを失っています。原因が明確にはなっていないようですが、一つだけ明らかな点があります。精神の喪失です。最近の日本人は精神の重要性を見失っているようです。
  戦後に国民主権が確立されてから、個人の自由が主張されてきました。これが「何をするのも自分の勝手」という風潮につながり、社会全体が安易な生き方、楽な生き方に傾いたのです。また、学校では知識教育が重要視され、精神性が顧みられなくなりました。それでも戦争経験者が社会の中心を占めている間は精神の重要性は保たれていたようです。しかし戦後生まれの人々が社会の中心世代となるにつれ、社会全体から精神が徐々に失われてきたのです。
  人の精神、意識には高さがあります。成長度に差があるのです。この差はそのまま能力差を意味しています。精神的に成長している人ほど能力が高いのです。何かを成し遂げようとする時に、達成する能力が高いのです。ですから人は常に精神の向上を目指さなければならないのです。
  精神の成長は、徳を積むことにより達成されます。「積徳」イコール「精神の成長」となるのです。目に見えない世界には人の序列があります。人の精神、意識の序列です。立派な人ほど高い位置にあります。そして、この高さを決めるのが、徳なのです。徳の多い人ほど高い位置にいるのです。


 本書では徳の量のことを「積徳量」「生命力」と呼ぶことにします。徳とは生命力そのものです。徳、生命力は霊感で捉えると、輝いています。光なのです。我々はこの光を消費することにより、日々の活動を行なっているのです。そのため、生命力は日々追加供給されているのです。
  生命力が我々のあらゆる活動量を規定しています。肉体エネルギー・仕事での成功・収入・成績・理解力・創造力・活躍・人々の賞賛等、あらゆる事柄には生命力が関与しているのです。生命力と引換えに、我々はこれらの能力を駆使しているのです。ですから人が成功する鍵は、いかに多くの生命力を獲得するかということなのです。日々多くの生命力を得ることができれば、活躍することができます。少なければ、小さく生きることしかできません。
 日々供給される生命力は一定ではありません。人により差があります。立派な人、精神の成長している人ほど多くなります。ですから、人格者ほど活躍することができるのです。社会全体で積徳に励み、多くの人々の精神が向上すれば、社会全体に供給される生命力が増加することになります。結果的に、社会全体が発展、向上することになるのです。


 最近の日本が低迷しているのは、精神を喪失したためです。精神の重要性が忘れられたため、国民の精神的な完成度が低下しているのです。結果として人々の生命力が減少し、国家全体の活動量が低下してしまったのです。経済が成長しない根本原因はここにあるのです。
  ですから日本の勢いを取り戻すためには、国民全体が精神の重要性を認識し、その向上のために努力しなければならないのです。その努力が国家の活動量の増加につながり、社会の発展につながるのです。


  景気回復のため、経済的な理論が幅を利かせているようですが、これらの理論だけで現状を説明することはできません。社会を構成するのは人です。人を解明しなければ、社会やその状況は解明できないのです。
 人は精神で活動しています。ですから、精神の法則を理解する必要があるのです。その法則とは、人格の向上が能力向上につながり、社会の向上・発展に直結するということです。そのためには徳を積む必要があります。積徳と人格の向上とは同じことです。人格の向上なしに徳を積むことはできません。
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