釈迦を超えた日 〜科学宗教の到来
輝の会は不良債権問題等、日本及び世界の金融経済問題を解決しました。
はじめに
 科学と宗教。20世紀まで、この2つの概念は対立していました。科学者は宗教的な考え方を無視して理論を構築し、社会全体を席巻したのです。宗教家は科学に圧倒されながらも、精神の重要性を訴え続けたのでした。
 科学者は現象を客観的に捉え、数式化します。するとこの計算式はいつどこでも成立するのです。ですから、科学は絶対だ、と主張するのです。・・・客観性とは何なのでしょうか。
  認識が全て脳を通じて行なわれているとすれば、全ての人の認識は脳で情報が処理された結果です。情報処理前の状態を経験した人はいないのです。ですから、科学のいう客観性とは、脳の情報処理パターンを意味しているのです。しかし、我々が目にする脳は、我々の脳が情報処理した結果にすぎません。情報処理前に、本当に脳は存在したのでしょうか。このように考えると、脳の存在すら確認できないことがわかります。
  このような思考を続けると、本当に実在しているのは、我々の意識そのものであることに気がつきます。意識こそが、この世界の成立要因だということです。


 自分なりに精神の向上を目指して努力を続けた結果、今では全ての人を自分自身の内面に映し出すことができるようになりました。ここには目には見えない秩序が存在しています。高低があるのです。光の強い人が高く、弱い人が低い位置に存在しているのです。そしてこの高低こそが、本当の人間の格であることに気がつくのです。


 1999年7月、私は釈迦の高さを超えてしまいました。その後も向上を続け、2000年にはこの世界、創造された世界を越えてしまったようです。この高さに到達すると、世界の創造原理が徐々に見えてきます。そうすると、従来は対立すると考えられていた科学と宗教が、実は同じことを意味していることに気がつくのです。


 このようにして理解した法則を説明し、同時に霊的な認識を深めていただくために本書を記しました。この法則は単に精神的な向上に役立つだけではありません。経済問題等、現代社会の諸問題をも解決可能とするのです。物事の根本を理解することにより、あらゆる問題が解決可能となるのです。それは豊かな社会生活に直結します。全ての人が物心両面で豊かになれるのです。


 私はこれを「科学宗教」と名付けました。21世紀の人類発展に必要不可欠と思われる研究分野です。その可能性、重要性をぜひ確認していただきたいと思います。
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