| 第五章 社会生活と霊位の向上 | ||
| 人格教育の確立 | ||
| 学校教育は知識教育に偏重しすぎているようです。知識は確かに重要です。しかし何のための知識なのか目的が不明確です。 学校教育の目的は、社会に貢献できる人を育てることです。評価項目で重要なウェイトを占めるのは教科の成績ですが、ほとんどはテストの点数ではないでしょうか。知識と社会貢献は直接的には結びついていませんから、この評価方法は教育目的に合致していないのです。 大事なのは知識を運用する人間そのものです。人格高潔ならば、知識を正しく運用し、社会発展に貢献するでしょう。逆に人格低劣な場合、言動で周囲の人々を傷つけ、知識を悪用して社会に混乱をもたらします。バブル期以降の日本を破壊したのは、後者のような知識偏重型の人間なのです。 ですから、社会に貢献するために重要な評価項目は「人格」なのです。教育の第一目標は人格、次が知識なのです。 人格が向上し、積徳量が増えれば、必然的に理解力も向上します。理解力が向上すれば、知識面での成績も向上するのです。逆に人格が向上しないままでは、理解力が乏しいため、知識面での成績も向上しないことになります。ですから、生徒の学習能力を向上させるためにも、人格教育を優先する必要があるのです。 現行教育制度では、人格と知識の優先順位を逆転させているため、成績が伸びず、人格低劣な生徒を生み出してしまうのです。その結果、学級崩壊等が起こってしまうのです。この状態を解消するためには、人格と知識の順序を入れ替えればいいわけです。人格が向上しない場合、基本的な成績は最低ランクでいいのです。社会に貢献する能力が低いからです。 最低ランクの成績では進学困難ですから、必然的に人格も改善するのです。幼少時から人格の向上を心掛けていれば、成人式で騒ぐような人間に育つはずはありません。 1980年頃までは国民全体の意識が高かったため、人格を教育目標に掲げる必要は無かったのです。しかし、バブル期以降は国民全体の意識が大幅に下降していますから、これを目標とすることは非常に重要なのです。国民全体の霊位が、経済状況にも反映されるからです。 人格教育を確立する必要があります。知識だけで人を育てることはできません。精神を育てることが重要なのです。精神を育てる過程で知識を与えるのです。精神と知識のバランスがとれた人を育てることが、社会の発展にとって極めて重要なのです。 |
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