マイナス金利の導入 〜日本再生の根本原理
輝の会は不良債権問題等、日本及び世界の金融経済問題を解決しました。
日本が不景気になったメカニズム
 本書のこれまでの考察により、日本が不景気になった理由を理論的に解明することができます。
 スタートはやはり1980年代後半のバブル経済ということになります。ここで株価や地価が大幅に上昇し、経済取引が拡大したのです。
 問題はバブル崩壊後の対応です。株価や地価が大きく下落したため、経済的な価値は大きく失われました。この点だけを考えれば、金利はマイナスにして、この失われた経済的な価値の分だけ貨幣を回収しなければならなかったのです。しかしプラス金利を継続したため、不良債権が大量に発生しました。損失により債務を返済できない個人・企業が続出したのです。
 1992年度には、株式と土地の保有損失額が合計で600兆円を超えています(1989年度比)。結果として不良債権が大量に発生したのです。不良債権が発生すると、「デフレ発生の法則」により、経済規模が縮小します。1992年度の経済成長率が前年に比べて3%以上縮小したのも、この不良債権の発生が原因なのです。
 1992年〜1997年には、景気対策として10兆円程度の財政政策が繰り返されましたが、経済は0.7〜2.5%程度の低成長に留まっています。ですから、景気対策がなければ、1992年頃から経済はマイナス成長(もしくはゼロ成長)に陥っていたはずです。それだけバブル崩壊によるデフレ圧力が強かったのです。
 景気対策を行ったにもかかわらず、景気が回復しなかったのは、金融政策を誤ったためです。1991年以降、銀行貸出金利が経済成長率を上回る状態が続きました。この金利差分だけ、不良債権の新規発生が続いたのです。
 財政政策と同時に金利を大幅に引き下げ、貸出金利が経済成長率を下回る状況を継続していたならば、不良債権増加に歯止めがかかり、景気は回復していたはずなのです。
 しかし「金利はプラスである」という従来の経済体制では、貸出金利を経済成長率以下にすることはできなかったのです。経済成長率が低すぎたのです。
 結局、金利のコントロールミスにより、不良債権の増加を止めることは出来なかったのです。


 財政政策は、景気拡大に効果があります。しかし、資金源である国債の償還費用を増税で賄う時には、逆に景気を縮小させてしまいます。ですから、将来有望な投資資金として活用されない限り、これらの財政政策は根本的な景気浮揚策とはなりえないのです。結局、経済安定の為には財政政策よりも、金融政策の方が重要なのです。ここでミスを犯したために、日本経済は重症に陥ってしまったのです。


 1991年〜2001年の11年間で、金利差による債務者の損失が110兆円に達しています。年平均で10兆円程度の損失が続いたため、景気が悪化したのです。過大な負担に耐えられない企業が続々倒産し、銀行に不良債権処理の負担が集中してしまったのです。


 失業問題の原因もここにあるのです。企業は過大な金利負担を人件費の削減により賄ったため、失業者が増加したのです。正社員が減少し、契約社員や派遣社員が増えたのも、人件費を削ったためなのです。正社員の人件費を一人あたり年間で500万円とすれば、10兆円は200万人分の人件費に該当します。ですから、もし企業が過大な金利負担を負わされなければ、200万人程度正社員を増やすことができるはずなのです(金利負担減少分を全て人件費に回すことは無理かもしれませんが、それでも100万人程度正社員を増やすことはできるはずです)。完全失業率が5%以上の状態が続いていますが、失業者が200万人減少すれば、完全失業率はバブル前の水準に戻ります。結局、過大な金利負担により失業者が増加し、景気を悪化させてしまったのです。


 1998年度以降は、経済成長率がマイナスになっています。ということは、貸出金利もマイナスにする必要があるのですが、プラス金利が続けられました。金利差が拡大したため、1998年度以降は年平均10兆円以上の不良債権が発生し続けているのです。
 不良債権の発生は経済を縮小させます。景気を悪化させるのです。ですから、早急に銀行貸出金利を低下させ、新たな不良債権の発生を防止しなければならなのです。そうしなければ、安定した経済を取り戻すことができません。そのためにも、マイナス金利が必要なのです。


 1990年代以降、企業に勝ち組み、負け組みという言葉が使われるようになりましたが、その原因は金利運営のミスにあるのです。銀行貸出金利と経済成長率の差だけ、債務超過企業は必要以上に多くの負担を強いられ、逆に債権超過企業は多くの資金を確保出来たのです。そして、時間の経過と共にそのメリット・デメリットは拡大しました。このようにして財務体質の強い企業はより強く、弱い企業はより弱くなったのです。銀行貸出金利にマイナス金利を導入していれば、このような言葉は発生しなかったはずです。
 尚、不良債権の表面化が遅れたことも、景気悪化の要因と思われます。不良債権問題が表面化したのは、1997年に北海道拓殖銀行や山一證券が倒産してからの話です。それまで、不良債権は過小評価されていたため、存在が軽視されていたのです。
 大規模な不良債権の発生が早期に表面化していたなら、不良債権処理も早期に行われたはずです。不良債権は金利要因等により、時間の経過と共に増加を続けました。ですから、早期に処理をしていれば、費用負担は軽く済んだはずです。そうすれば、経済はこれほど悪化しなくても済んだのではないでしょうか。不良債権の隠蔽については、銀行と旧大蔵省に責任があると言わざるを得ないのです。
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