5 次 元 理 論
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5次元の必要性
 著者は、前著「釈迦を超えた日 〜科学宗教の到来」の中で、5次元理論を提唱しましたが、反響は不十分という気がします。記述内容が不足しており、理解が困難だったためかもしれません。
 本書では、この5次元にスポットライトを当て、その内容を分かり易く説明しました。本書を読めば誰でも5次元について理解することができるのではないでしょうか。それ位簡単な記述を心掛けています。
 5次元理論のポイントは、意識と科学の融合です。
 従来、科学知識は客観性を重要視したため、意識の関与を無視していました。観察を重要視し、見られる側、物の動きを精緻に調べたのです。そしてこの動きを数学を用いて表現し、理論として確立することにより、実生活への応用に成功したのです。
 物理学の基礎はニュートンの古典力学からスタートしています。何もないところからスタートしなければならなかったため、物事を非常に単純に割り切りました。

・空間は縦・横・高さの3次元から成立する。
・その中の物の動きを客観的に観察する。


 という2点を大前提にして理論の構築を進めたのです。このように単純化しない限り、複雑な世の中から理論を構築することなど困難だったのです。
 その後、アインシュタインの登場により状況は変化しました。相対性理論により、「空間が曲がっている」「重力の要因は空間の歪みである」等の理論を提唱したのです。この理論の登場により、第4番目の理論として、「時間」が導入されました。


 4次元までは、一般の人々でも、実生活の感覚で理解することが可能です。時間が過去から未来に向かって流れていることを否定する人はいないはずです。ですから、物理学的次元に「時間」を導入することに対して、特別な抵抗感は無かったものと思われます。
 「縦・横・高さ・時間」の4つの次元は、我々の認識を構成する基本的な要素と考えられます。
 「4次元の要素は何か」と聞かれた場合、「縦・横・高さ・時間」と正しく回等できる人の割合は、かなり高いのではないでしょうか。


 では、本当に世界は4次元で構成されているのでしょうか。20世紀まで、ほとんどの人々は4次元で世界が構成されていることに疑問を抱きませんでした。逆に「5次元なんて存在するのか」と多くの人々が疑問に思っていたのです。
 しかし、物理学の理論には非常に大きな欠陥が潜んでいたのです。それは「見る側」を理論に組み込まなかったことです。客観的に物を観察する、ということに重点を置いたため、観察する主体、見る側=自分を理論に組み込むことを怠ってしまったのです。


 「認識は脳で行われている」と、全ての人が無意識のうちに思い込んでいるようです。脳の機能が解明されていないため、これが解明されれば、やがては認識方法も解明されると無条件に思い込んでいるのです。ですから、今まではこの認識という点について、全く考慮がなされていなかったのです。
 物理学の成立過程を考えれば、これはある意味でやむをえないことだったと言えます。物理学を学んだ人間からすれば、物理学の基本的な考察過程は、ある意味で簡単かもしれません。学校や書物で習っているからです。
 しかし、教科書の無い状態からこれを構築する人は大変です。白紙の状態から、物の動きを理論化しなければなりません。ですから、どこから手をつけたらいいのか、皆目見当がつかないのです。従って、世の中を単純な構造として考えるしかなかったのです。
 空間を3方向に分類し、その中の認識対象である物の動きを学問の対象とすることにより、この単純化を実現しました。このように単純化しない限り、複雑な物の動きを計算式で表現することは困難だったのです。
 物理学が学問として成功した理由は、この単純化にあったのです。現象を「対象物の動き」に限定したため、比較的容易に自然現象を数式で表現することが出来たのです。


 「認識対象物の動きは物理学で法則化されており、認識は脳で行われている」


 これが20世紀までの常識だったのです。多くの人が、この常識を疑わなかったのです。何故疑わなかったのかは不明ですが、常識観が固定化されており、人々の自由な発想を奪っていたようです。
 では、この考え方は正しいのでしょうか。疑ってみると、かなり簡単に結論を導くことができます。


 まず、20世紀の常識観を前提にして考えてみましょう。
 全ては素粒子等の粒子、物でできているとします。そうすると、人間は肉体という「物」で構成されていることになります。人間の肉体上で認識を行っているのは「脳」ということになります。目や神経もありますが、これは、あくまで脳に情報を伝達するための経路にすぎません。
 認識が脳で行われているならば、我々の全ての認識は、脳で情報処理が行われた結果です。情報処理が行われる前の状態を経験した人は、人類史上一人もいないことになります。
 ということは、我々の経験は全て脳の中で行われていることになります。我々は脳の外側に全ての物の存在を認識していますが、実はこれは全て脳の中を見ていることになるのです。


 実際の我々の認識状態にあてはめてみましょう。我々は空間の中に、自分という存在を認識しています。自分は肉体で構成されているわけです。これらの全ては脳の中で情報処理された結果ですから、脳の内部、ということになります。脳という物で認識している以上、認識結果は全て脳に内包されていることになるのです。
 ということは、我々が空間と呼んでいる広がりは、全て脳の中、ということになります。我々が宇宙とよんでいる空間も、全て脳の中、ということになってしまうのです。
 宇宙が脳の中にあるということは、宇宙大の脳を考えなければならない、ということを意味しています。宇宙というより、脳と呼んだ方が正しいことになります。
 ところが、この宇宙の中の、肉体上の頭部に自分の脳は存在しています。ということは、頭の脳と宇宙大の脳、2種類の脳が存在することになってしまうのです。脳は物ですから(前提条件)、2つの脳が存在することはありえません。ということは、矛盾が生じているのです。脳は1つでなければならなかったはずです。


 前提条件は「全ては物でできている」ということでした。だからこそ、肉体の脳で認識せざるを得なかったのです。しかし、矛盾が生じてしまう以上、この前提条件は間違いだと結論するしかありません。ということは、前提条件を訂正するしかありません。要するに、世の中は「物」でできているわけではないのです。
 この時点で、従来の4次元的な発想は誤りだと結論づけられてしまうのです。4次元で世界の構造を説明することは不可能なのです。


 では、この状況をどのように打開すればよいのでしょうか。それが本書のテーマである「5次元理論」の導入、ということになるのです。
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